東京高等裁判所 昭和58年(行コ)30号 判決 1985年9月26日
東京都中央区日本橋室町四丁目五番地斉藤ビル
(送達場所)静岡県伊東市吉田一〇〇五番地
関方
控訴人
三富株式会社
右代表者清算人
関法之
右訴訟代理人弁護士
石川秀敏
同
泉弘之
同
石川順道
横浜市鶴見区鶴見町一〇七一番地
被控訴人
鶴見税務署長
北村博正
右指定代理人
窪田守雄
同
琵琶坂義勝
同
左近堅次
同
青柳毅
同
井手正奉
右当事者間の揮発油税及び地方道路税賦課決定処分等取消請求控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人が昭和四八年五月二二日控訴人に対してした昭和四七年六月から昭和四八年二月までの揮発油税及び地方道路税額四六〇五万〇三〇〇円並びにこれに伴う無申告加算税額四六〇万四六〇〇円の賦課決定の全部を取消す。3 控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は、主文一項同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。
1 控訴人の主張
(一) 原審は、山村正夫が控訴会社の日常業務に関して全般的な指揮監督者であつたと認定し、山村が控訴会社に利益をもたらすことを図つて控訴会社の資金と従業員とを使用して控訴会社の営業と密接に関連する本件揮発油の製造、移出したものであると断定し、畢竟本件揮発油の製造、移出は山村の指揮監督の下に控訴会社の業務遂行として行われたものである旨認定している。
しかしながら、本件揮発油の製造、移出に関する事実は、山村が佐々政洋、原田紀夫と共謀して控訴会社をだまし領得した資金をもつて本件揮発油を密造して私利私欲を図つたのがまぎれもない事実であつて、控訴会社において不知の間に正規のガソリンをブレンドガソリンにすり換えられ、そのことを全く知らずにこれを販売した事実はあつても、控訴会社自身が本件ブレンドガソリンを製造、移出したものでないことは、次に記述する事実から明白に看取されるのである。
(1) 控訴会社設立の経緯及び日常業務の内容
昭和四六年頃石油元売会社シェル石油東京支社は、山村が関係していた不動石油株式会社が倒産した際同社に対する無担保債権約二〇〇〇万円が回収不能となる事実に遭遇したところ、山村の叔父に当たる関法之が格別の好意をもつてこれを立替払いすることとなり同社としては思わぬ援助を得て、関に絶大の恩義を感ずるに至つた。
シェルはその恩義に報いるため伊豆有数の資産家である関にシェル東京支社を挙げて全面的に協力する約束で石油販売会社の設立を勧め、その結果設立されたのが控訴会社である。
従つて、控訴会社は小売を主とする群小の石油会社と異なり、設立当初から関の知名度とシェルの全面的支援をフルに活用し、タクシー会社、運送会社、ガソリンスタンド等大口の需要家との間に長期の販売契約を締結し、これらの会社に大量の石油製品を卸すことを主たる業務内容とし、右販売取引の交渉、契約の締結、石油の確保がその主要な仕事として運営され、控訴会社としては一旦基本契約が締結されてしまえば後は単に機械的に顧客から注文を受けた数量をシェルに連絡し、シェル又は控訴会社がこれを配達するだけのことであつた。
そして、石油の確保は毎日控訴会社を訪れるシェルの村田、有元が面倒をみてくれる一方、顧客との契約交渉等は関において直接これが担当の任に当つたので、山村は単に運送の手配、注文受けといつた控訴会社の主要な業務というには程遠い些細な仕事に従事していたのみで、控訴会社の業務を指揮監督していたのは関、有元、村田らにほかならない。
関は少なくとも週一回は上京して控訴会社の主要な業務を直接処理するほか、控訴会社又はシェルの社員が週一、二回伊東の関宅を訪ね業務の詳細についてその指揮を仰ぎ、問題あるごとにその決裁を得て業務全般を遂行していたのである。
原審は関が業務に関する山村の報告に異議を唱えたり、書類の承認等を拒んだことがない旨認定しているが、前述の如く取引先の選定や契約締結についてはすべて関や有元が決定権を持ち、山村には何らそのような権限を与えたことはなく、ただたまたま山村が勝手に大月石油と取引を始めたことがあつたが、その際にも関においてこの事実を知るや直ちにその取引を停止させ、後日関自身の判断でこれを再開させた事実があつただけで、会社の主要な業務ともいうべき事項について山村にこれを一任したことは断じてないのである。
(2) 本件揮発油製造に要した資金の出所とこれによつて得た利得の帰属について
次に、原審は本件揮発油の製造に要した資金は控訴会社の計算で支出されたと認定している。
しかしながら、右資金は山村が仮払金の名目で勝手に控訴会社から借り入れ、清算を迫られるや架空の原田運送店等への支払分と相殺したと称して返済を免れその金員を不法に領得したもので領得された金が製造資金に使われたからといつて、会社の計算で支出されたものと結論づける道理はありえない。
更に原審は、本件揮発油のうち溶剤による増量分の売却によつて得た利益は、「その一部は森満産業名で売却して、その利益を控訴会社の帳簿に記載せず、その余は、遠坂産業から売上げ量に相当するだけ正規の揮発油を購入したような帳簿上の処理をしていて、右のような会計操作の結果生じた簿外利益は、一部を本件製造資金として用い、その余は、遠坂産業からの架空仕入れ計上の際に、シェル石油から正規の揮発油の仕入れ単価より一リットル当たり一円安く仕入れたように計上したり、また、控訴会社が負担すべき揮発油の運賃を、通常の運賃一リットル当たり二円より一リットル当たり〇・七円程度安く支払つたように計上し、その差額を右簿外利益で支払う等して、控訴会社に右利益を帰属させ、又は帰属させる予定であつたことが各認められ、本件揮発油の販売利益は、本件製造資金に充当された分を除いて、すべて控訴会社に帰属させる予定であつたことが推認できる。」と認定している。
しかしながら本件揮発油製造による利益は、帳簿上森満産業、遠坂産業等の架空会社を作為することによつてこれを領得し、控訴会社は山村の不法な領得行為によつて損害こそ豪むれ何らの利益も得ていないのである。
以下数字を挙げてこれを明確にすれば、
(イ) 山村は、ブレンドに用いた溶剤が一リットル当たり二〇円前後であることと、またハイオクガソリンより四円か五円安いレギュラーガソリンを溶剤と共に混入させてもハイオクガソリンと見分けがつかないことに着目して本件揮発油を製造、販売したものであるが、できる限り右事実の発覚を逃れるため架空の森満産業名義を用いて山村とは特殊の関係にある大月石油に売却したり又、増量分の一部を架空の遠坂商事名義で控訴会社に売却する形をとつたのである。
(ロ) かくして、山村は、昭和四七年七月から、昭和四八年二月までの間、森満産業名義で大月石油からの手形小切手等約二六五〇万円を手に入れたほか、仮払の名目で控訴会社から支払を受けたり、架空の運送代金等で相殺した形で領得した約四七〇万円、それにタンクローリーの内一台の購入価額が二〇〇万円であるのを二八〇万円と偽つて領得した八〇万円および遠坂商事名義を用いて控訴会社に売却した石油代金約九二〇万円合計約四一二〇万円を手中に収めたところ、本件揮発油の製造に要した費用としては、溶剤の購入費約一三〇〇万円、タンク購入費、運搬費、埋設費合計三七万円と月々に要した地代五万円、原田らへの分配金二五万円、その他諸経費を月一〇万円と計算し、本件揮発油製造期間中に支出した額は合計一八〇〇万円を越えることなく、山村はすくなくとも二三〇〇万円以上の不法の利益を手中におさめた結果となる筈である。
(ハ) 控訴会社が得た利益は、大月石油の手形を割り引いたことによる僅々数万円の額に過ぎないが、これとても山村が手に入れた手形を現金化するために偽名を用いて会社を利用したに過ぎないので、控訴会社が本件揮発油製造によつて得た利益とは言い難いのである。
(ニ) 原審は、遠坂産業からの仕入れ分をシェル仕入れ分より一リットル当り一円安く仕入れて会社に利益をもたらしたというが、遠坂より仕入れたガソリンは二〇〇、〇〇〇リットルで、仮に一円安く仕入れたとしてもその利益は二〇万円にすぎない。
(ホ) また、原審は運賃を一リットル当り〇・七円程度安く支払つたように計上して会社に利益を得さしたというが、この点に関してはただ、乙第三号証に「一リットル当り一・七円程度に安くし、……二円の市価との比較において安く計上して」とあるのみで、原審の右認定を肯認するに足る証拠は何もない。このことは、原審がいかに証拠の検討に杜撰を極め詳細な計算関係に意を用いることなく、ただ安易に被控訴人の主張を鵜呑みにしたことの証左と謂わざるを得ない。
以上の如く、控訴会社は、山村の本件不正行為によつて損害こそ被れ、何らの利益も得ておらず、山村が控訴会社の赤字を解消させる目的で本件揮発油の製造したとは到底認め難いのである。
(二) 仮に被控訴人主張の控訴人の行為が揮発油の製造にあたるとしても、製造、移出全量一六二万九〇〇〇リットルに対し被控訴人主張の両税を課することは、控訴人が既に課税され販売ルートにのつた揮発油一〇九万八〇〇〇リットルを購入、使用し、被控訴人主張の「製造」を行つているものである以上、右課税済みの使用揮発油一〇四万七〇〇〇リットルについては、両税を二重に課するものであつて、二重課税禁止の原則に違反するものである。
被控訴人は、揮発油税法一四条を根拠に二重課税禁止の原則に反しない旨主張するが、同条にいういわゆる「未納税移出」は、控訴人に原料となる揮発油を売却した者がなしうるのであつて、控訴人が同条によつて課税されていない揮発油を手にするためには、控訴人があらかじめ売却者に対し当該手続を履むよう要請しておかなければならない。控訴人は既に課税された販売ルートにのつた揮発油を購入したものであつて、控訴人が未だ課税されていないことを前提とする揮発油の未納税手続をとる余地はなかつた。
(三) 控訴人は被控訴人主張の揮発油の「製造」を知らなかつたものであり、被控訴人主張の申告手続そのものを取る余地がなかつたものである。従つて、控訴人は右「製造」による揮発油の申告についていわゆる事実の錯誤を生じていたものであつて、故意を欠いていたものである。よつて、被控訴人の控訴人に対する本件賦課決定は違法というべきである。
2 被控訴人の主張
(一) 控訴人は、本件揮発油を製造し、移出したことについて揮発油税及び地方道路税を課することは二重課税禁止の原則に反する旨主張するが、控訴人の右主張は失当である。
すなわち、揮発油税法一四条、同法施行令五条の二の二項、同法施行規則三条によると、揮発油の製造者が揮発油の原料とするための揮発油をその製造場へ移入するため他の製造場から移出する場合には、右原料揮発油の移出をした製造者において、当該揮発油の移入をする者が作成した証明書を添付して所定の申告手続をとることにより、当該移出にかかる揮発油税を免除され、また、地方道路税法六条によると右揮発油税を免除するときは当該免除に係る揮発油に係る地方道路税を免除され、二重課税となることを避ける方途が設けられている。しかるに、控訴人はあえて右手続をとらず、課税済の揮発油を購入し、これを原料として本件揮発油を製造し移出したのであるから、その全量に対し課税されてもやむをえないと解され(最高裁判所昭和五三年二月二〇日第一小法廷決定・刑集三二巻一号六四頁参照)、結局新たに製造された揮発油が移出されたことにより課税原因が発生し、法が右の方法による以外に原料の一部が課税済の揮発油であるか否かによつて免除又は税額控除の制度を設けていない以上、控訴人が本件揮発油を製造、移出したことに対し本件課税処分をしたことに何ら違法な点はないのである。
(二) 更に、控訴人は本件揮発油の製造によつての申告がされなかつたことにつき、故意を欠いたものであるから、被控訴人がした無申告加算税の賦課決定処分は違法である旨主張するが、租税法上の加算税は、申告納税制度によ国税の徴収に関し納税の実を挙げるとともに、正当に納税義務を履行した者との間の負担の公正を図るために設けられた行政上の制裁措置であり、客観的に当該義務不履行の事実が認められれば当然に賦課されるのであつて(但し正当な理由により期間内申告をしなかつた場合を除く。国税通則法六六条参照。)、当該義務の不履行が納税者の故意に基づくものであることを要しないから、控訴人の右主張も失当である。
3 証拠
当審における証拠関係は、本件記録中の当審書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所は控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正をするほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。
1 原判決一〇枚目裏一〇行目「内外油槽株式会社より」の次に「トルオール、N-ヘキサン、KGソルベント等の」を加える。
2 同一一枚目表二行目「溶剤」を「右溶剤」と改める。
3 同一二枚目表三行目「原告の」から五行目「山村が」までを「山村が控訴人の登録簿に」と改め、八行目「争いがない。更に、」を「争いがなく、右事実」と改め、九行目「争いのない同」の次に「第一〇号証、第一一号証の一、二、」を加える。
4 同一二枚目裏四行目「したこと、」の次に、「控訴人は昭和四六年一一月二九日設立され、関法之がその代表取締役に就任したが、山村はその発起人の一人であり、かつ、設立当初より昭和四八年三月二三日解任されるまで控訴人の取締役であつたこと、」を加える。
5 同一三枚目裏二行目「前記認定」から三行目「供述は」までを「原審及び当審証人山村正夫の証言、原審における控訴人代表者関法之尋問の結果中前記認定に反する部分は」と改め、六行目「その日常業務」を「山村は控訴人代表取締役関法之の承認の下に控訴人の日常業務」と改め、八行目「、山村において、」を削り、一〇行目「成立について争いのない」を「前掲」と改める。
6 同一六枚目表二、三行目「通常の運賃一リットル当り二円より」を「通常の運賃である一リットル当り二円よりも」と改める。
(判示(2))
7 揮発油税法一四条、同法施行令五条の二第二項、同法施行規則三条によれば、揮発油の製造者が揮発油の原料とするための揮発油をその製造場から当該揮発油を原料とする揮発油の製造場へ移出する場合には、揮発油税法一四条二頁、同法施行令五条の二第二項、同法施行規則三条に定められた手続をとることにより、当該移出に係る揮発油税の免除を受けうるところ(なお、地方道路税法六条は、揮発油税を免除するときは、当該免除に係る揮発油に係る地方道路税を免除することとしている。)、前記事実によれば、控訴人は、あえて右手続をとることなく、脱税の目的で、課税済みの揮発油を購入して八対二ないし七対三の割合でトルオール、N-ヘキサン、KGソルベント等の溶剤を混和することにより新たに本件揮発油を作出したものであつて、右行為は揮発油税法及び地方道路税法上の揮発油の製造にあたり、製造場から移出した本件揮発油の全量につき揮発油税及び地方道路税を納付する義務があるものと解すべきである(最高裁判所昭和五三年二月二〇日第一小法廷決定・刑集三二巻一号六四頁参照。)。
また、無申告重加算税は、無申告による納税義務違反の発生を防止し、申告納税制度による国税の徴収に関し納税の実を挙げるとともに、正当に納税義務を履行した者との間の負担の公正を図ることを目的とする行政上の制裁措置であつて、納税義務者個人の刑事責任を追及するものではないから、客観的に無申告の事実が認められる限り(ただし、期限内申告書の提出がなかつたことについて正当の理由があると認められる場合(国税通則法六六条一項ただし書参照)を除く。)、右無申告が納税義務者本人の故意によると否とを問わず、重加算税を課しうるものと解すべきである。
二 よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 新海順次 裁判官 佐藤榮一)